世界覇権を狙う中国との共存は可能なのか

世界覇権を狙う中国との共存は可能なのか

新型コロナをある程度抑えこんだ中国は、経済状況も持ち直し、ますます政治的・経済的に、世界にその存在感を大きくしています。米中関係を見直して緊張感をもって向き合ったトランプ大統領の再選がほぼなくなる中で、バイデン次期大統領のスタンスが注目ですが、何よりも日本として、中国とどのように向き合っていくかが重要です。

中国との関係を考えるうえでは、幾つかの大きなポイントを認識しておく必要があると考えます。

中国共産党政府の価値観は根本的に他の国と異なっている

まず、中国は中国共産党という組織の独裁政府であり、中国と付き合うということは中国人と付き合うというよりは、共産党という政権と付き合うという認識を忘れないことです。それは、そもそもの国の根本の価値観が異なっているということです。

日本を含む民主主義国家においては、国民が主権を持ち、憲法において幸福追求権が定められ、その権利を政府によって実現することが志向されています。それは建前であるとの指摘もあるでしょうかが、制度として少なくともそのために考えられた統治機構が設計 されています。

それに対して中国は、共産党という組織が生き延びることが究極目標であり、その過程で個人の生活に安定と繁栄がもたらされることもある、というだけにすぎません。また、完全な管理国家である中国においては、個人や企業は意識的に、特には無意識のうちに、中国共産党の意向を受けた行動をすることになります。 この根本の行動原理が違う二国間で、それぞれの行動を信頼しあうことは実際には不可能と認識すべきです。

みなさんも、最近の香港での国家安全維持法の成立による民主主義の否定(行政独裁の確立)や、新疆ウイグル自治区での民族浄化ともいえる人権侵害の動きなどをご存じだと思います。あのようなことは、共産党支配を維持することが究極目的であれば、極めて理にかなっていることです。

歴史的に見ればこれらの先例として、内モンゴル自治区におけるモンゴル民族への弾圧が挙げられます。「墓標なき草原」という書籍には、内モンゴル自治区における文化大革命前後での民族弾圧の模様が克明に記されています。このような行為は、民主主義国家においてはその理由を見出すことができないものです。

ですので、日中関係において、相互理解を深めようという試みは、美辞麗句にすぎません。お互いの利害を調整するというドライな関係・交渉を行いながら、我が国としての譲れない線を常に確保するというスタンスで臨むべきでしょう。

さらに言えば、中国式の統治方式は表面的に見ると効率的で、例えばコロナ対策などで見るように、日本を上回る面もあるのではないか、という融和的な主張が力を持たないよう、その根本のところをしっかりと見極め、そういう言説はしっかりと抑制させておくことが、日本国民を守るために必要です。

中国共産党政府の軍事的・領土的膨張による影響は尖閣諸島にとどまらない

次に指摘したいのは、中国の軍事的・領土的膨張は現象としてとどまるところを知らない、ということです。

その理由について様々な分析がありますが、結果としてこの10年余りで、中国の軍事力は飛躍的に拡大しました。領土的な影響力についても、日本周辺で見るだけでも、例えば海軍力は、10年ほど前だと第一列島線(沖縄諸島)の辺りが境界で、宮古海峡の艦船通行が大きな課題と認識されていましたが、昨今の有識者の議論ではいつの間にか、第2列島線(小笠原―グアム)への到達・影響力が当然のように語られるほどになっています。 南シナ海についても同様に、いつの間にか数多くの環礁が中国によって占拠され、軍事要塞化されている 状況です。

このような状況の中で、識者の中には「日本と中国の軍事力の差は広がり、既に対抗できないレベルになった中で、これ以上の日本の軍拡は無意味」などの主張も出てきている ようですが、これはナンセンスな主張です。侵略を実行する判断に当たっては、相手側の反撃によってどの程度致命的な損傷を受けるかどうかが大きな材料となります。全く同じレベルの軍事力を持たずとも、反撃によりクリティカルな損害を与えられることが抑止力となります。

先に述べたように、中国共産党政府と信頼関係をもって話し合うことが原理的に困難である以上、軍事力の備えを油断なく持っておくことは日本にとって必要不可欠です。その際、本質的には、日米同盟を頼みとしつつ、可能な限り自立した防衛・抑止力を持ち合わせておくことが、国際情勢に流されずに日本の自由度を確保するためには必要なことでしょう。

経済的なつながりで戦争を防ぐことができるという幻想

更に指摘したいことは、経済的な関係の深化が衝突の抑止力には必ずしもなりえないということです。

中国が世界経済に占める存在感は大きく、日本経済においても中国はいまや欠くことができないパートナーと言われています。それは裏を返せば、中国にとっても日本はお得意様であり、そのようなお得意様をたたいたり、不利にするようなことはしないのではないか、という主張も散見されます。

しかし、歴史的に見れば、経済のつながりによって戦争が防がれるというのは幻想にすぎません。一番わかりやすい例が第一次世界大戦です。当時は経済のグローバル化が極めて進んでおり、特にイギリスなどの大国は交易活動を通じて莫大な利益を得ていました。しかし、きっかけはオーストリア=ハンガリー二重帝国 の皇太子夫妻の暗殺という偶発的な事象ではありましたが、様々な理由や流れを経て、当時の大国はそろってこの大戦に参戦し(「八月の砲声」などの名著が参考になります)、結果として世界経済は大きく落ち込みました (戦争そのものでは大きな利益が上がった面もあるでしょうが)。グローバル経済が当時の水準に戻るには、その後何十年もの期間を要したのです。このように、国家の動きというものは複雑怪奇であり、経済的な側面から止められるようなものではありません。

また、今や中国経済の規模は日本経済を大きくしのぎ、また技術的にも中国は日本の上を行っています。国力として大きく差がついているのです。経済人の中には、いつまでも中国を下に見たり、あるいは日中を対等に感じているような、古い感覚の方もいらっしゃるようですが、現実を直視し、中国の側からはいつでも日本を切ることもできる、という警戒感を常に持ち合わせて、したたかにふるまうという姿勢も意識しなければならないでしょう。

このような点を踏まえれば、中国から得られる利益を確保する一方で、中国との経済的な関係がなくとも我が国の経済活動が十分に行われるよう、TPPなどの枠組みも含めて、常に多角的な戦略を立て、万が一に備えておくことが必要です。

このように、幾つかのポイントに沿って考えてみましたが、中国という大国が隣に存在する以上、あらゆる面での備えを充実させつつ、是々非々で付き合っていくというスタンスが求められます。短期的な経済的利潤だけでなく、民主主義を守り、国土を守るという視点を忘れずに、戦略を立てることが必要になるでしょう。

おすすめの本

こちらの記事を最後までお読みいただきありがとうございます。こちらの記事でもご紹介しましたが、内モンゴル自治区での弾圧、第一次世界大戦について描いた本をご紹介します。興味のある方は是非お読みください。

八月の砲声 上
バーバラ・W・タックマン (著),
山室 まりや (翻訳)

八月の砲声 下
バーバラ・W・タックマン (著),
山室 まりや (翻訳)

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